原因不明の病気③
今回は私の病気の体験を残そうと思う。
早く書いて楽になりたい気持ちと、書くことがありすぎて書けるだろうか、私の辛かったことは伝えきれるのか?と書くまえから、思考も手も動かない。
そもそも、書いてみたら、客観的にみて
「たいしたことなかったのに大袈裟だったのね、私。」となるかな。
書けば何かが変わりそうな気がするのだけど
それもただの幻想だろう。
書いても何もかわらない。
だけど、書くと決めたのは何故だろうと
考えた。
1つには、
グルグル回る思い出思考を終わらせるため。
何故か辛い状況の最中からいつも考えてたことは、
「この辛かった経験はぜったいに役に立つ!
治ったら、誰かに伝えたい!」
この、思い出思考はいつも、
治ったら、終わったら、上手くいったらやろうの、よくある行動がなかなかできない人の症状と同じ、タラレバ論。
もう、グルグル回る思い出思考を吐き出したい。
二つ目は
私はみんなに、嘘をついている。
元気いっぱいなフリをしているわけではないけど、なぜか病気中も元気に見えてしまうらしい。相変わらず、元気ですね!とか言われてしまうくらい。
誰かに病気を話したとしても
「こんなこんな症状でー……でも大丈夫!」
でも大丈夫を必ず言ってしまう。
これは自分に言い聞かせている口癖のようなものでもあるのだけど。
とにかく、周りの人、仲の良い人にも、元気な所しか見せていない。
弱い所、駄目な所もそろそろみんなに
伝えたい。
前置きを書いてたら、自分の気持ちも整理できた、そろそろ書こう。
始まりはちょうど二年前。
いや、はじまりはきっとアレだと思う。
二歳位のころだ!
薬を飲んで死にそうになった事件。
病院でもらった薬が間違えだったのか、量が多すぎたのか、薬の副作用か何かで
頭が、大仏さんの頭のようにボコボコになってしまったらしい。湿疹ではなくて大きなたんこぶが全頭に現れたらしく、お母さんは泣き崩れながらも(死んだと思ったらしいが)冷やしながら病院に運んだらしい。
母は亡くなっているので詳しいことは分からないのだけど、次の日には腫れはひいてたので薬の調査などはせずに普通に帰れたらしい。
笑い話的に聞かされていたのだけど、今やっとこの時のことの意味がわかるようになった。
私は産まれながに毒が身体に入ると過剰に反応する体質を持って産まれたか、この薬のアレルギー反応かなにかで、薬や化学物質に過剰に反応する体質になったかのどちらかであることが推測できる。
四歳位でよくある幼児型のアトピーになった。今でこそよくあるアトピーだけど
私が産まれた頃は、かなりレアだったと思う。
私よりも上の世代にはなかった病気で
アトピーの語源の「奇妙な」という意味からわかるように原因不明の病気で掻くから治らないなどと言われていた。
ちなみに父母の家系に同じ疾患の人は誰もいなかった。
この、子供の時の2つの病気の体験は可愛そうな体験なのだろうか?
もちろん、両親は大変だった思うし、私も当時は悲しかった。
でも、今の視点から見れば、
死なずに生かされたこと
毒を敏感に感知する身体になり
見た目には悪いけど毒を肌でデトックスするタイプとなった。
だから、なぜが、肌以外はとても丈夫て元気いっぱいに大きく成長することができた。
なので、私の人生はこれでよかった!と
今は感謝して思うことができる。
二年前からの病気の前置きが長くなってしまったので、本題は次の記事で。
誰しも同じなのだと思うけど
私たちの身体は一年二年の変化ではなく
長い年月の積み重ねなのだということ。
今何か悩みがある場合は
幼児期のことなどを思いかえしてみると
意外なヒントがあるかもしれません。
④に続く